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映画『アメリカン・スナイパー』ネタバレ感想

『アメリカン・スナイパー』を見に行く。シネコンの上映スケジュールを調べたら、一日の上映回数が明らかに減っている。そろそろ終映も近いかもしれないなあと焦って劇場へ駆け付けた。

公開からもうだいぶ日にちも経っているので遠慮せずネタバレで感想書きます。といってもね、そもそも原作がある映画だし、基本実話なので。たとえばいちばん大きな事実をいうと、主人公のスナイパーの人は射殺されるとか(あ、云っちゃった)。

あるいはそういうことから逆算して映画を見ても、それはそれで味わい深いのではないかと思いますよ。まあ、僕は何も知らずに見て、ラストで「えっ」と小さからぬ電気が一瞬にして体中を走り回るくらい衝撃を受けましたが。

ついでに結論から云うと、これめっちゃめちゃ面白い(という云い方も不謹慎か)映画だった。主人公は子どもの頃よりスナイパーになるべくしてなったような男なんだけど、彼が訓練のとき指導教官から「的は小さくして狙え」というようなことをしつこく注意される。

その方が外れたときの誤差も小さくて済むからという理屈らしいが、その理屈自体は僕にはなんだか釈然としない。でもまあそれと同じ理屈で云うと、この映画も大きく括れば戦争映画というジャンルに属するだろうが、実際にはその的はごく小さくて、戦場のスナイパーの話にほぼ限定される。

具体的には、イラクに派兵されたアメリカ人スナイパーの話だ。主人公カイルは、戦場で160人以上の敵兵やテロリストを射殺し、味方からは伝説とも英雄とも称えられ、敵からは賞金首がかかるほど恐れられた。にもかかわらず、彼は生涯PTSDに苦しむのだ。

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カイルは「家族を、国を、俺が守らなければ」という責任感というか使命を持った、いわば古き良きアメリカのカウボーイであり、理想的な父親であり、強い男の象徴として描かれる。それだけに後半、彼が徐々に、そして完膚なきまでに壊れていくさまが際立って見えた。

その帰結点としてカイルは射殺される。そのシークエンスは実際にはなく、最後に僕らはそっと字幕で知らされる。アメリカ本国ではみんなが知っている既定の事実なのかもしれない。しかも戦場での名誉の負傷をでもなければ、戦争反対派に暗殺されるわけでもない。

自分と同じようなPTSDの症状に苦しめられている戦争犠牲者によって射殺されたのだ。これは皮肉な結果ですよ。というか、その事実があったからこの映画がこの映画足りえたのかもしれないですね。

カイルの不幸な死を、奥さんのタヤがことさら嘆き悲しんで泣き崩れるとか、そういういかにも映画的エモーションをもあっさり放棄してるしね。ほんと逆に衝撃的といっていいくらいあっさり淡々とした終わり方なんだもの。

もっとも映画全体がそういう調子なのだ。イラク兵を野蛮だとは云ってるけど、それはアメリカ兵がそう云ってるだけで、だからってこの戦争が正しいとも間違ってるとも、大上段に振りかぶって云ってる映画ではない。

イラクの民間人は女も子どもも怯えていて、敵にも凄腕のスナイパーがいて彼にも守るべき家族がいる。だけど結局戦争全体を俯瞰することは所詮不可能だし、的を小さく、アメリカ人スナイパーの身に起こった栄光と悲劇に話をぐっと絞り込んだ。

これもまた戦争が生んだひとつの悲劇に過ぎないんだよと。もちろんその反対側にももうひとつの悲劇はあるというのは容易に想像できる。

それにしても、主人公カイルが、戦地から一時的に帰ってくるたびに、奥さんのタヤの言葉を借りれば「心を忘れてきている」ように壊れていく描写は見ていて戦慄が走るほどで、同時に胸が張り裂けそうになった。

何も映ってないテレビをただぼうっと凝視していたり、ちょっとした物音に過過剰に反応したり、ドライブ中に後続車が気になってついやり過ごしたり、バックミラー越しにその後続車を常に監視するように見たり、子どもに吠えて飛びかかる犬を取り押さえて殴りつけようとしたり。

俺は大丈夫だというカイルの目は完全に泳いでいるし、血圧も自覚症状がないのに高い。少しのことでカッとなりそうかと思うと急に涙ぐんでもはや感情をコントロールできない。戦場にいるのが突然怖くなるが、家に戻れば戻ったで今度はすぐまた戦場のヒリヒリする緊張感の中に身を置きたくなる。

狙った標的は100発100中の伝説のスナイパーとしてのカイルや、その英雄的な仕事ぶりを描きたかったというより、戦地から戻ってくるたびに壊れていく彼を描きたかったのだと思った。重点は戦地にあるのではなくて、休暇中の生活のなかにこそあった。

それとあと、これは「見る」ということに特化した映画でもあったという点も少し指摘しておきたい。

主人公はスナイパーなのでスコープを通して常に敵を見ている。その反対にイラクの側にも英雄的なスナイパーがいて、やはり同じようにこっちを見ている。アメリカ軍は衛星からの映像で戦場の様子を俯瞰で監視している。

父親は家族を見守り、強い兄は病弱な弟(カイルには弟がいる)を見守り、妻タヤは夫カイルの心身に気を配り、鏡の中に映る妊娠した自分の体をしげしげと見つめ、エコーでお腹の中で動く赤ちゃんの様子を見て一喜一憂する。

ふたりの結婚式のとき、義弟を見るタヤの視線がまさに不吉な予感を察知するときのじっとりとした目になっていたのに気づいてハッとした。

映画を見た人はわかると思うのですが、主人公をのちに射殺してしまうPTSDを患った若者が、ラストのところでカイルの家の前に停めた車のドアの傍にぼうっと突っ立っているのを玄関ドアの隙間からタヤが見ている、あの目が結婚式で義弟を見ていたのとまさしく同じ目だった。

あのラストに出て来る若者、最初僕は主人公の弟だと勘違いしたんだけど、似た雰囲気の人だったですよね。あれ後から考えると、間違ってるかもしれないけど、わざと似てる感じの人をキャストしたのではないかしら。

というのは、「こんな国はクソだ」といい放って戦場を後にしたカイルの弟も完全にPTSDになってたわけで、もしかしたらカイルを射殺するのがあの弟かもしれなかったというか、そうなっていても不思議じゃなかった、というふうに僕は思ったのだ。 

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