ヒロシコ

 されど低糖質な日日

映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』ネタバレ感想~韓国版との比較あり

「サニー」韓国版(原作)と日本版(リメイク)のいちばんの大きな違いは、韓国版では例の “ エライザ事件(仮称) ” があった当日の夜、サニーのメンバーたちがスジの家の前に集合しているところへ、最後に遅れてイム・ナミが駆けつける。メンバーの誰かがイム・ナミに、スジが自殺を図ってそれが未遂におわったことを告げると、いっせいに泣き崩れるサニーのメンバーたち。

リーダーのハ・チュナが涙をこらえ「いつかまたきっとみんなで集まって、今日踊るはずだったダンスを踊ろうよ」といって、メンバーみんなで誓い合うのだ。「そのとき、もし苦しんでるメンバーがいたら、その人がしあわせになるまで一緒にいよう。死ぬまで、いや死んでもみんな一緒だからね。サニーは永遠なんだよ」的なことをハ・チュナはつづける。

つまりこの夜の涙の誓いがあってこその葬儀場でのダンスであり、彼女の遺言の意味がそこでイキてくるわけだ。なのに日本版「サニー」ではこれに相当する場面がそっくり抜け落ちている。ところがいざ抜け落ちてみると、それで話の辻褄が合わないなんてこともないし、ちゃんとダンスシーンは感動的だった。

僕が思うに、あの夜の涙の誓いのシークエンスのあるなしは、韓国版・日本版両監督がこの映画に込めた方向性の違いをかえって鮮明にあぶり出した。原作となった『サニー 永遠の仲間たち』のカン・ヒョンチョル監督は、重いテーマと政治的時代背景を持つ映画を描くのに、少しでも明るく見せるため音楽やダンスを取り入れた。

対して『SUNNY 強い気持ち・強い愛』の大根仁監督は、テーマ性よりもむしろエンターテイメント映画として思いっきり舵を切ったのだ。韓国版の暗く悲愴感漂うあの夜の涙の誓いをスルーする代りに、高校生サニーと大人サニーが体育館のフロアでいっしょにダンスを踊るという夢のようなカーテンコールを、日本版「サニー」は選んだということなのだろう。

  

『SUNNY 強い気持ち・強い愛』感想

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『SUNNY 強い気持ち・強い愛』は、原作でもある韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』をほぼほぼ忠実にリメイクしている。このリメイク版を監督した大根仁さんの、原作への強い愛と、なにより強いリスペクトの気持ちが感じられてそこがまずよかった。

ただし時代と舞台は1980年後半の韓国から、90年代後半の日本へとそっくり移し替えている。まあそれはそうだろう。そうでもなければわざわざリメイクする意味がない。80年代後半の韓国はちょうど民主化運動が激化した時代だった。それを日本に移し替えるにあたり、大根監督は政治的な時代背景をほぼスルーした。

90年代後半の日本といえば、阪神淡路大震災やオウム真理教による地下鉄サリン事件などがまだ記憶に新しい。そんな暗い世相を映画のなかに落とし込むことによって、原作の持つ時代の雰囲気をあるいはなぞらえることもできただろう。でもそれをあえてしなかった。

主人公・奈美が転校してきた理由として、奈美の一家が阪神淡路大震災で被災し、被災地から都会に移り住んできたことが映画のほんのさわりの部分で明かされる程度だ。代わりに原作の持つ文化的側面だけを踏襲して、なおかつコギャル文化という我が国独自に花開いた文化を強力に前面に押し出してみせた。

それが『SUNNY 強い気持ち・強い愛』である。大人になった現代の奈美の家庭の朝食風景が映し出されても、ダイニングリビングのテレビに映っているのはオウム死刑囚の死刑執行のニュースでもなければ、度重なる大雨洪水や大地震の被害状況を映し出すニュースでもない。

その画面に安室奈美恵さん引退に関するニュース映像をあえて選んだのは大根監督の矜持なのだろうと思った。直接触れようが触れまいが、いかなる文化も世相を反映してない文化はないわけで、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件はこの映画の時代背景として動かしがたくあるのだ。ましてそれらの自然災害や事件がわれわれの記憶のなかから消え去ることはないのだから。

日本中の女子高生がルーズソックスを履き、空前のコギャルブームに沸いた90年代、そんな時代に青春を謳歌した女子高生の仲良しグループ「サニー」のメンバー6人は、20年以上のときを経てそれぞれ問題を抱える大人になっていた。
専業主婦の奈美は、ある日、久しぶりにかつての親友・芹香と再会するが、彼女は末期ガンに冒されていた・・・・・・。
「死ぬ前にもう一度だけ、みんなに会いたい。」
芹香の願いをかなえるため、奈美が動き出す。
裕子、心、梅、そして奈々・・・・・・、かつての仲間は無事、芹香の前に集結できるのか?(公式サイトより)

大人になった奈美と芹香の20数年ぶりの再会から、久保田利伸さんの『LA・LA・LA LOVE SONG』をBGMにしたコギャルたちの群舞へとつながるオープニングは実に見事だった。おそらく『ラ・ラ・ランド』のオープニング、高速道路での圧巻のダンスシーンを意識した(とおぼしき)選曲とダンスでしょうね。開始早々、大根カラーが色濃く出た楽しい場面だった。

主人公・阿部奈美のコギャル時代を演じたのは広瀬すずさん。田舎者という設定だったが、田舎者だろうと都会育ちだろうと可愛いものは可愛い。とにかく可愛すぎる。なにしろあの可愛さは隠しようがなく、だから逆に、奈々(池田エライザさん)が奈美に冷たいのはふたりが似てるからだよ的なことをわざわざ芹香(山本舞香)に言わせているのだなと思った。

奈々と奈美、名前も似て紛らわしい。これはあとでわかることだけど、奈々が奈美に冷たいのは奈々の継母が奈美と同じ方言を喋るからで、そういうことがわかった上で、ふたりは互いの美しさと可愛らしさを認め合い(?)意気投合するのだ。屋台で酒をかっ喰らいながらね。不破万作さんの屋台のおやじ最高!

原作の韓国版『サニー 永遠の仲間たち』での仲良しチーム「サニー」のメンバーは全部で7人。一方『SUNNY 強い気持ち・強い愛』のメンバーは6人に変更されている。これは正解だった。だいいち7人は多すぎる。

僕が言いだしっぺではなく、ツイッターか誰かのブログで読んだことだが、日本版サニーのメンバー6人の頭文字をとると芹香のS、心のS、梅のU、奈美のN、奈々のN、裕子のYで、SだけはダブるけどちゃんとSUNNYになり、ダブルSのひとつは芹香の死でひとつ減ってもちゃんとSUNNYのままなんだと。

これはすごい発見だしまさに慧眼だと思った。偶然かもしれないけど、もし大根監督がそこまで考えて日本版サニーの映画タイトルをあえてSUNNYと綴ったのだとしたらたいしたものだ。イニシャルSとNの名前をふたつ重ねたり、心(S)とか梅(U)っていう名前はそうそうあるものではないので、あながち偶然とも言い切れないかもしれないですね。

それはそうと、奈美のコギャル時代が広瀬すずさんで、大人になった奈美を演じるのが篠原涼子さんだと最初に聞かされた時は正直マスオさんみたいに、ええーっ、と驚いた。だって、どう見てもふたりが同一人物だとは思えなかったから。なのに映画を見ているうちに、あれ、このふたりってもしかして似てるかも(まあ同一人物という設定だからメイクとか寄せているのかもだけど)というふうになってきたのは不思議。

同じく、芹香の山本舞香さん(コギャル)と板谷由夏さん(大人版)。心を演じた田辺桃子さんとともさかりえさん。梅役の富田望生さんと渡辺直美さんは見ため的にもそうだし、なんといっても裕子役の野田美桜さんと大人になった裕子を演じた小池栄子さんがそっくりなのにはびっくりしちゃった。よくぞこういう俳優さんを探し出してきたものだってね。

奈々役の池田エライザさんのことは、失礼ながら僕はこの映画ではじめて名前と顔を知った。でもう忘れない。クールな美少女役を演じていまこの人の右に出る人はいない(と思うよ)。韓国版同様、ポスターには池田エライザさんの大人バージョンの俳優さんが写ってない。

これは奈々が最後に現れるか現われないかが、映画のひとつの不確定要素としてストーリーを引っ張る推進力になっているから、というのもあるし、完全にネタバレだけど、コギャルの池田エライザさんは大人になっても池田エライザさんその人だったからだ。わかってみると二重の意味で深いなあとつくづく感心した。

あと、探偵役で登場したリリー・フランキーさんはあいかわらずすっとぼけているようで抜け目なく、それでいて悪い人じゃないという味のある役柄を本人も楽しそうに演じていてよかった。すずちゃんが憧れるDJ志望の大学生は、現代の視点から見るとダサかっこいい役なんだけど、これは三浦春馬さんがハマリ役という感じでよかったですね。

原作では韓国の懐かしい音楽(よく知らないが)と、当時盛んに輸入された(という)海外の音楽が融合していたが、日本版では小室哲哉さんを音楽監督に迎え、自身を代表とする懐かしのJ-POPが全編を彩っていた。

僕はもうすでに年齢だけは大人に属していたけれど、その頃流行っていた音楽は耳に馴染んでいて全部知ってる曲ばかりだ。タイトルにもなった小沢健二さんの『強い気持ち・強い愛』はもちろん、森田童子さんの『僕たちの失敗』も、CHARAさんの『やさしい気持ち』が三浦春馬さんによってすずちゃんの耳に被せられたヘッドホン越しに聴こえてきたときは、おおーっ、となった。

まもなく(これを書いている時点であと2日後に)引退する安室奈美恵さんの 『SWEET 19 BLUE』は、おっさん過ぎるおっさんの僕も大好きな曲で、まさに名曲中の名曲。これがかかる場面といい心憎い選曲だった、なあ。

文化祭のダンスコンテストに出てくるグループ出てくるグループがこぞってTRFの曲というもいかにもありそうな設定。「TRF何回目だよ」という台詞、あれはツボにはまって可笑しかった。でもだからといって当時のコギャルたちがオザケンの歌をダンス曲に選ぶかといったらちょっとどうかなと。まあ大根監督の嗜好なのだろう、しょうがない。

ついでにコギャルファッショについてもなにかしら書いておきたいところ。でもそっち方面は残念ながらまるっきり疎いのでどなたか詳しい方に譲ることにします。広瀬すずちゃんが羽織っていた、おばあちゃんのカーディガンやルーズソックスを真似てゴムを緩めたソックスといったギャグは素直に笑った。

テレクラ、ドラッグ、援助交際などといったけっこうエグイ言葉もふつうにポンポン飛び出していて、だけどいまもそういう行為が名前を変えて行われているのかどうかは僕は不案内だ。

友達といっしょにいてもそれぞれスマートフォンの画面を見ている現代の女子高生を
「大人しいけど何を考えてるかわからない」「あんたちは悪いこともしたけどそのぶん全部顔に出てたからわかりやすかったわよ」という、かつての担任の先生の言葉は僕でもよくわかる。そういう僕も気がついたらスマホ画面見てるけどね。

その先生が「教室はキャバクラの控え室ではありませ~ん!」と金八先生みたいな台詞で朝のホームルームを開始するのも笑えた。奈美のお兄さんが90年代後半当時は『新世紀エヴァンゲリオン』に夢中だったのに、大人になったいまも無職で、現在は元祖モーニング娘に入れ込んでいるというのもなんかせつない設定だった。

以上、映画を見て感じたことを羅列してみた。その他、基本的な部分の感想はほぼほぼ韓国版を見たときの感想と同じ。全体的に原作と比べて悲壮感が和らいだウェルメイドな作品にリメイクされた印象。そのぶん狙いどおりエンターテイメント性に比重がかかっていた。そして最後はまんまと泣かされた。文句なく面白かったです。 

強い気持ち・強い愛

強い気持ち・強い愛

 
「SUNNY 強い気持ち・強い愛」Original Sound Track

「SUNNY 強い気持ち・強い愛」Original Sound Track

 

 

 

『サニー 永遠の仲間たち』感想(2012-06-15)

(『SUNNY 強い気持ち・強い愛』の原作となった韓国版『サニー 永遠の仲間たち』を公開当時見て、その感想をブログに書いたものが僕のPCに保存されていたので、この機会に再掲します。いま読み返してみるとおかしな表現もありますが、誤字脱字以外はほとんど手を加えていません。)


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梅雨の晴れ間もきょうまでなのだとか。土日はまた雨らしいよ。所用で有楽町へ。午後から『サニー 永遠の仲間たち』を見る(ネタバレあり)。よかったなあこれ。すごくよかった。

ノスタルジックでふんだんに笑いが散りばめられていて途中何度もキュンとなって最後は思い切り泣いた。いわゆるガールズ映画かもしれないけどおっさんの僕が見ても同じように過去の自分といまの暮らしが愛おしくなる。勝手にレッテル貼りして見逃さなくてよかった。すっかり疎遠になっている高校時代の友だちと会いたくなった。

40代になり夫と高校生の娘と3人それなりに裕福で何不自由ない生活を送っているイム・ナミだったが、このところどこか満たされないものを感じていた。ある日母の見舞いに訪れた病院で偶然にも高校時代の親友ハ・チュナと再会する。彼女らは高校時代“サニー”という7人グループを結成して、ケンカや恋や歌やダンスに明け暮れていた。

イム・ナミは転校生で最後にサニーのメンバーに迎えられた。一方ハ・チュナはグループの頼れるリーダーだった。ところがいま彼女は末期がんに冒され余命2ヶ月を宣告された。死ぬ前にもう一度昔のメンバーに会いたいというハ・チュナの望みを叶えようとイム・ナミは奔走する。

現在の生活と高校時代の彼女たちが交互に描かれる。その場面転換の鮮やかさに感心する。まるで本当にイム・ナミの記憶の海に潜り込むような自然な滑らかさを感じた。輝いていた彼女たち未来を信じていた彼女たちも年月がそれなりの重みでのしかかり何かしらの変貌を遂げている。

変化の個人差こそあれみんなに少しずつ共通するのは「こんなはずじゃなかったのに」という思いかもしれない。かってのメンバーたちと次々と再会を果たすうちに探す側も探される側も過去に忘れてきた未来への希望を取り戻してゆく。

ただ昔はよかったというだけの映画ではなく、過去から見た未来つまり現在をせいいっぱい肯定し慈しもうよというテーマが明確に浮かび上がるのがなによりよかった。

『アメトーーク』という深夜のお笑い番組で、中学のときイケてなかった芸人たちが当時の自分を振り返るという名物企画がある。その番組のラストは過去の自分に向かって「おい○○……」とそのころのあだなで呼びかけながら一言メッセージを添えるというコーナーで締めくくる。

それを見てテレビの前で腹を抱えて笑いつつもちょっと照れくさくて他人事ながらきゅんとなる瞬間が僕は好きなんだけど、あれとちょうど似たような場面がこの映画にもあってやはりせつなくなって胸が痛んだ。

それはいま(現在)の自分に向かって「未来の私は○○になっていますか?」と問いかけるかっての私からのビデオメッセージを見るシーンだった。あーゆーのには素直にやられちゃうよなあ。僕こんなところでのんきに映画なんて見てていいんだろうかって。

グループ同士のケンカが学生運動の小競り合いに紛れ込んじゃうというギャグも面白かったし、韓国らしいといえば整形に関するギャグがしつこいくらい出てきてそれも可笑しかった。

まあどこかで見たことがあるような既視感は否定しないが、それでも非常によく出来た映画だと思います。勢いというかこれも韓国映画特有のやりすぎ感もあいかわらずあってホントよかった。音楽も懐かしい。

カミさんいつもより夜遅く帰ってきたと思ったらユニクロに寄って僕らのポロシャツを買ってきてくれた。サイズ違いの色違い。3兄弟みたいな扱い。上の子が下の子に「冷凍庫の中のオレのガリガリ君梨味食べた?」と問い詰めていて、どうも下の子が黙って食べちゃったらしいのだが、ねちねち責められているうちにとうとう逆ギレ。

もう勘弁してやれよ、と双方をなだめながら、僕はいまの暮らしを愛おしく思っているだろうかときょう見てきた映画の影響でしんみりと考えるのだった。『オウエンのために祈りを』(下)を読む。 

サニー 永遠の仲間たち デラックス・エディション Blu-ray

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