悲しいかなその第1回めがほとんど誰の目に触れることがなくても、ときとして第2回めはあるのだ。だって勝手にコーヒー散歩だもの(byみつを)。もっとも散歩なんてしょせん勝手にはじめて勝手におわるもので、そうじゃなかったらそれはただの移動。ただの、というかむしろそっちの方が本来の目的に適った合理的な振る舞いなのだろうけどね。
そんなわけで第2回めのコーヒー散歩ですが、東急東横線と東京メトロ日比谷線が乗り入れる中目黒駅をとりあえずスタートして目黒川沿いをふらふら歩き、JR山手線(東急目黒線・東京メトロ南北線・都営地下鉄三田線)の目黒駅あたりに辿り着ければいいかなあというゆるい感じでやってみた。
本当はこのコースを歩くのなら桜の季節が一年でもっとも相応しいのかもしれないけれど、あいにくいまは初夏で、だいいち目黒川の花見はその混雑ぶりも半端ないためとてものんびり散歩を楽しむという雰囲気ではないのだ。それに初夏のこの時期もまた新緑が目に痛いほどまばゆく輝き、あたり一面清々しい香りを放って、少し汗ばむくらいの陽気のなかを休み休み歩くのは実に爽快な気分なのだった。
この日はまず、散歩の前に腹ごしらえと決め込んだ。さっそくグーグル先生にお伺いを立ててみたところ、ヒットしたのは野方ホープというラーメン屋さん。まあ実際には相応の絞り込み検索をかけたからで、恣意的にそういう結果が得られたわけではない。さて、野方ホープだ。創業は1988年(昭和63年)、東京は中野区野方に本店を置くその世界ではつとに有名なラーメン屋さん。本店も含め都内近郊に併せて9店舗を展開している。かつて熾烈な環七(環状七号線)ラーメン戦争を勝ち抜いてきた歴戦の強者でもある。
野方ホープは、昭和63年に中野区・野方に生まれたラーメン店です。豚骨をベースに野菜と鶏のスープをブレンドしたスープに醤油ダレを合わせ、豚の背脂を浮かせたラーメンは、創業以来こってりしているがしつこくない絶妙なバランスを実現しています。また、飲食業である以上、ラーメンをより楽しんで頂けるよう、真心の接客を心掛けております。(「野方ホープ」公式サイトより)
糖尿病で糖質制限をしている僕にとってラーメンはまさにその極北に位置するくらい遠い存在の食べ物だが、たまの休日のお昼ごはんだしこれから散歩もするし、と自分自身にたっぷり言い訳しながらスープにもたっぷり背脂を浮かべた野方ホープのスタンダード「のがほ元(はじめ)」(750円)を貪るように食べた。午前11時~午後3時まではランチタイムでライス無料+100円で餃子4個orネギ叉焼丼が選べるシステムになっていたので、ここは迷わず+100円の餃子を選択。ラーメンは元より餃子も実にうまかったなあ。
お腹いっぱいになりすっかり満足して野方ホープをあとにする。なんならもうこれで今日のコーヒー散歩おわりにしてもいいくらいのテンションだったが、いかんせんまだ散歩はちっとも始まっていないのだった。なんとなく気怠い感じでコーヒー散歩に戻る。ところが運悪く1軒目に立ち寄るはずだったコーヒースタンドは、たったいま出てきたばかりの野方ホープから中目黒駅を挟んでさほど離れていない場所にあった。食後のコーヒーは別腹とはいえ、さすがに濃い味のラーメンを食べたすぐ後では胃の消化に良くない気がした。
やむなく中目黒駅周辺を蔦屋書店などを中心に適当に冷やかして歩く。そうやってほどよく時間を潰し腹ごなししたのち、そろそろいいかなあという頃合いで祐天寺方面に東横線の高架伝いをほんのちょっと歩いたら、あっという間に目指すコーヒースタンドにたどり着いた。小さな2階建ての民家というか納屋をリノベイトしたふうな簡素な建物。うしろを東急東横線が走り、子どもたちの歓声が響き渡る児童公園に隣接する、煩いんだか懐かしいんだかよくわからないような絶妙なロケーション。オニバスコーヒー中目黒店がそこにあった。
「ONIBUS」とはポルトガル語で“公共バス”、「万人の為に」という語源を持つ言葉です。
バス停からバス停へと人を繋いでいく日常。
そんなバスのように人と人を繋ぐという思いを込めて、オニバスコーヒーと名付けました。
日常にとけ込んだ一杯、そんなコーヒーをお届けします。(公式サイトより)
実際の建物の窓を利用したふうな文字通りの窓口で、僕はTODAY'S COFFEE(350円)を、同行者はアイスラテ(490円)をそれぞれ注文する。TODAY'S COFFEEは、その日のシングルオリジンのどれかなのかそれともブレンドなのかわからない。コーヒーを手渡されるときに向こうからは教えてくれなかったし、あえてこちらからも尋ねなかった。僕はそれでいっこうに構わない。飲んで美味しいコーヒーはどこの国の豆か知りたい気持ちはもちろんある。気分によっては思い切って訊いてみることもあるけれど、べつに知らなくっても美味しさに変わりはないからね。
ごく大雑把にいえばいまどき流行のサードウェーブ系コーヒーで、ほどよい酸味とフルーティーな甘さの混じり合ったとっても美味しいコーヒーでした。僕は好き。ここも外国人のお客さんが多く、裏庭のような場所のベンチで何組か見かけたほか、さっとテイクアウトして足早に駅の方面へ歩いていくビジネスマン風の人もいて、スターバックスやブルーボトルのような大手ではない、中目黒の駅裏のこんな小さなコーヒースタンドが国際的な舞台になっていることに(大げさだけど)少なからず感動を覚える。
オニバスコーヒーの公式サイトはこちら。
コーヒーを半分だけ飲み残したカップを手に、オニバスコーヒーをあとにする僕ら。再び山手通りを横切り、そのまま直進して東横線沿いを歩いて目黒川の高架橋に平行して架かった日の出橋まで出た。ここは花見シーズンおそらくもっとも人混みが激しい場所だ。でもさすがにいまはほとんど人影もまばら。ここから目黒方面を目指すわけだけど、そういえば反対側の池尻大橋まではまだ歩いたことがないなあ。
すっかり冷めたオニバスコーヒーの残りをちびちび飲みながら目黒川沿いをのんびり歩く。これぞTHE散歩。川の左岸に東京共済病院、航空自衛隊目黒基地、目黒清掃工場を次々と置いてけぼりしていく。
そうこうしているうちにようやく目黒通りまでやってきた。ここで左折して権之助坂を上っていけばもうゴール地点の目黒駅に出るのだが、せっかく目黒まで来たのだからぜひ寄ってみたい場所があった。なので左折ではなく逆に右折して目黒新橋を渡り、そのまま直進して山手通りに出て、今度は左折して山手通りを五反田方向にもうちょっと進んでいくと目的の場所まではあとわずか。途中、参道らしき寂しげな(スマン)商店街を抜けるとそこに目指す瀧泉寺はあった。
瀧泉寺(りゅうせんじ)は、東京都目黒区下目黒にある天台宗の寺院で山号は泰叡山(たいえいざん)。大日如来の化身ともいわれる不動明王を本尊とし、一般には目黒不動(目黒不動尊)の通称で親しまれている。目黒不動尊の名前だけは知っていたが実は僕はまだ一度もお参りにきたことがなかった。やおら瀧泉寺の仁王門をくぐり、男坂と呼ばれる急な階段を上がるともう目の前が大本堂だ。厳粛な気分で御本尊さまに手を合わせ、そっと目をつぶって日ごろの家族の無事に感謝する。
子どもたちがまだ小さい時分から、うちの奥さんは神社やお寺さんにお参りに行くたびに子どもたちに「こういう場所で願い事はしちゃだめよ。それよりも日ごろの無事に感謝しなさい。いつも見守ってくれてありがとうございますっていうのよ」と口を酸っぱくして言っていたので、僕もいつのまにかそうするようになった。
「いつも僕ら家族を見守ってくれてどうもありがとうございます」
お参りのあと大本堂の裏手に回ってみると大日如来の仏座像があり、その四隅を四天王が守っていた。それにしても大日如来像は上に屋根もないため雨が降ったら濡れっぱなしだけどそれでいいのかなあ、とか。境内には他にも身代わりとなって滝行を行なってくれるという身代わり不動や、よく確かめなかったが儒学者の青木昆陽の碑などもあるらしかった。
境内をそのまま裏手から抜け、お寺の壁伝いの道を右へ右へと進んで行くと、境内の壁10メートル間隔くらいに「甘藷先生の墓」という貼り紙が貼られていてやけに目立つ。その墓の在りかが矢印で指し示されているのだ。あまりにしつこく貼ってあるのでついに根負けして甘藷先生なるものを同じ先生仲間であるグーグル先生に尋ねてみた。すると甘藷先生こそ先ほど目黒不動尊の境内にあったらしい青木昆陽のことだというのがわかった。
青木昆陽(1698 - 1769)は江戸時代中期の儒学者で、サツマイモ(甘藷)の栽培を普及させた人物として知られるという。どうりで甘藷先生と呼ばれているのだ。でもまあ僕はとくべつ青木昆陽にも甘藷にも興味がないし、それに糖尿病にサツマイモは禁物だし、だいいちもう夕暮れどきのずいぶん遅い時間だったのでそんな時間に墓地に立ち入ろうという気にもさすがにならなくて、甘藷先生の墓を見に行くのは結局止しました。
で、目黒不動尊へもお参りが済み、これで心置きなくゴール予定地点の目黒駅まで真っ直ぐ向かってもよかったのだけど、実はね、あともう1軒どうしても立ち寄りたいコーヒースタンドがあったのだ。というかその場所はすでに通りすぎてしまっている場所だった。本当は最初にそっちへ寄ってから目黒不動尊にとも思ったのだが、お寺の参拝はあまり遅い時間じゃない方がいいから、無駄な遠回りになるけどコーヒースタンドを後回しにした。気紛れな散歩のそこが融通が利いていいところだ。
2軒目に寄りたいコーヒースタンドというのは、SWITCH COFFEE TOKYO(スイッチコーヒートウキョー)でした。目黒通りの権之助坂を上がる途中の目黒新橋の先で左に折れ、日出中学・高校の正門前を通りすぎ、目黒川と平行にさっきまで歩いてきた道を今度は反対方面へ200メートルほども歩いていくと住宅街のなかのいっけんわかりにくい場所にスイッチコーヒーはある。そこはほんと近所に住む人か評判を聞いてわざわざ訪ねてくる人でなければ発見できないような場所。
代々木八幡の支店へは前回のコーヒー散歩で立ち寄っており、ぜひ目黒の本店にも来てみたかった。願いが叶ってうれしい。代々木八幡店同様こちらの店舗にも座ってゆっくりコーヒーが飲めるテーブルも椅子もなく、奥行きはこっちの方があるがそれもカウンター奥に焙煎器があってその作業用のスペースが確保されているため。まぎれもなくコーヒースタンド然とした風情でしたね。そこがかえって潔くっておしゃれなのだ。
暑い中を歩きつづけたあとのアイスコーヒーだったこともあり、本当に美味しかったなあ。オニバスコーヒーと同じく適度な酸味とやはりフルーティーな紅茶のような味わい。こういうコーヒーを飲み慣れてくると、いままでずっと飲み続けてきた苦味の強いコーヒーはアレはいったいなんだったのかと不思議な気持ちになる。真夏に外から帰ってきて冷蔵庫の中によーく冷えたビール、じゃなくてこのてのアイスコーヒーがあったらゴクゴク飲んじゃうだろうなあと想像しただけで、喉の奥がクリアな気分に満たされていくようだった。
スイッチコーヒーの公式サイトはこちら。
散歩のスタートにぼんやり予定していたとおりオニバスコーヒーにもスイッチコーヒーにも立ち寄ることができたし、おかげさまで目黒不動尊にもはじめてお参りが出来た。これで第2回めのコーヒー散歩を終了してもよかったのだが、権之助坂をとぼとぼ上っていたら頭のなかでビートきよしさんが歌う『雨の権之助坂』が無限ループされきて困ったことに。それでこの呪縛みたいなものを一旦断ち切ってしまわなければこのまま家には帰れないなあと思ったのだ。
で、そう思っていたらちょうどいい具合に目黒駅前にサンマルクカフェがあったという。まあだいたいサンマルクカフェというのはそういうちゃんと心得た場所にあるものだからね。コーヒー散歩に疲れて口直しとひと休みにコーヒーでも飲んで帰ろうだなんて(目黒のさんまじゃないが)落語かなにかのアホみたいなウソみたいな話だけど、そんなアホなことも散歩の醍醐味のひとうだと割り切ってするするとサンマルクカフェに吸い込まれていったわけだ。
チョコクロ久しぶりに食べたけど、サクサクのクロワッサン生地にチョコレートのチープな板チョコ感を挟みこんだあいかわらず見事にブレない美味しさだった。散歩のほどよい疲れと『雨の権之助坂』の呪縛が一気に溶けていくような心地がした。本当に今度こそこれで第2回コーヒー散歩/中目黒駅~目黒駅編を無事終わることができそうです。
以上、またいつかどこかの町のコーヒースタンドでお会いしましょう。では。