ヒロシコ

 されど低糖質な日日

映画『日日是好日』感想

『日日是好日』を見た。にちにちこれこうじつ、と読みます。平日の昼間なのに窓口でチケットを購入しようとしたら、「最前列か前から2番目の席がひとつだけ空いてますが……」といわれた。こんなことならリザーブしとくんだったなあと思ったけれど後の祭りだ。

やむなく前から2番目の席をキープした。プラネタリウムみたいにスクリーンを見上げる位置だった。満員の客席のほぼ9割方が高齢者で埋め尽くされていた。“ 9割 ” も “ 高齢者 ” も,、完全に僕の主観ですけどね。でもそれほど見当外れではないはず。そういう僕も世間的には十分高齢者のひとりだったわけだが。

ひとつうがった見方をすれば、茶道を題材にした映画なのでその業界(?)関係者がこぞってチケット購入に尽力した成果なのかもしれないなあと。あるいは昨今の小難しい映画や騒々しい映画とは一線を画する、平易で穏やかな語り口が主として高齢者を中心に口コミで広まった結果なのかもしれないと思った。

それになにより、先ごろ亡くなった樹木希林さんが出演している(遺作ではない)というのは、こう言ってはアレだけども宣伝効果としては抜群に大きかったのかなあというのは容易に想像できる。

その樹木希林さん、武田先生という主人公・典子(黒木華さん)のお茶の師匠としてほぼほぼ出ずっぱりだった。カンヌ・パルムドールを受賞した『万引き家族』の小汚いおばあちゃん役とはうってかわって、武田先生はいかにもお茶の先生らしく、終始凛とした佇まいを見せていた。

原作は森下典子さんが茶道教室に通った25年の日々を綴ったエッセイ『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』。これを『さよなら渓谷』の大森立嗣監督が映画化した。典子の従妹・美智子役で多部未華子さん。どちらかといえば控えめで楚々とした黒木華さんとは対照的に、多部さんの存在は映画にパッと華やかな彩りを添えていた。

ここだけの話、僕は多部未華子さんの大ファンで、どのくらい好きかというと世界3大好きな女優さんを「シャーリー・マクレーン、アン・ハサウェイ、多部未華子」と常日頃から念仏のように唱えているくらい好きである。せっかくなので皆さんもどうぞご唱和ください。

さん、ハイ「シャーリー・マクレーン、アン・ハサウェイ、多部未華子」ありがとうございました映画の話に戻ります。

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原作がエッセイだけあって物語という物語はとくにない。大学生の典子がある日母親から茶道教室を勧められ、おない年の従妹・美智子といっしょに武田先生の教室に通うことになる。ふたりは先生から茶道のしきたりや心得を学んでいく――という話だ。

茶道教室といっても家元の座をめぐって殺人事件が起きることもなければ、派遣された家政婦さんがその現場を覗き見してしまう、なんてことももちろんない。事件は起きないけれど、茶室のなかでは案外面白いことが起きる。

ふたりが武田先生に教わる所作しきたりは、彼女たち同様僕も知らないことばかりで、いちいち「へ~」と感心することしきりだった。茶室には左足から入るとか、畳一畳を6歩で歩くとか、お茶をいただくとき最後はズズズッと音を立てて飲み干すとかね。

初心者の典子や美智子が、戸惑ったり緊張して失敗する様子は実に微笑ましかったし、もう少し言えばふたりの戸惑いや緊張を追体験している感じも悪くなかった。武田先生のところは表千家だったのかなあ。ああいうのも流派によっていろいろ細かい違いがあるのだろう。

物語はないと書いたが、いちおう茶道(にかぎらず “ 道 ” と名のつくもの)の「守破離(しゅはり)」という修行のプロセスに則って展開しているように感じられた。なので全体がとてもスッキリと整理されている印象がある。

初心者のうちは師匠に言われた教えをただ忠実に「守る」段階。なぜそうするのかとか、なぜこうじゃなきゃダメなのかとか、理屈で考えたり頭で段取りを覚えようとせず、くり返し手習いをするうちに体が勝手に動くようになることが肝要だと武田先生は典子たちにいう。

理屈っぽく質問をくり返す美智子を典子が遠慮がちにたしなめると、「いいのいいのよ」と先生はやさしくかわしながら、どうしてかわからないけれどそういうものなのよ、お茶はね、形から入ればいいの、と諭す。そうして「できた器にあとから心が入る」のだと。

ふつうは形ばかりで心がこもってないと批判されることの方が圧倒的に多いと思うけれど、まず形から、心はあとから、という武田先生の言葉は新鮮で、茶道の教えの範疇を越えて僕の胸にずしんと響いた。

そしてしばらく修行を続けるうちに、次は自分で創意工夫して師の教えを「破る」段階に入る。美智子は途中で結婚してリタイアしてしまうが、典子はなんとか続けてこられた。かつての自分を見るような後輩たちもできた。

なかには典子がその才能に嫉妬し焦りを覚えるような若い後輩も現れる(乃木坂46の山下美月さん)。一方で、立ち居振る舞いすべてにまるでそつがなく、自分など到底追いつけないもどかしさを感じる先輩・雪野(鶴田真由さん)もどこからか登場する。

あるとき武田先生が典子のお点前を見て、「前々から言おうと思ってたんだけど、あなた手がごつく見えるわよ。そろそろ工夫というものをしなさい」というようなことを言うのだった。そのときの武田先生、物腰はいつもと変わらず柔らかだったけれど、ちょーおっかなかった。

一般的には停滞期とか言われ、いわゆるスランプに陥るのもこの頃なのだろう。なにより典子自身の私生活の方が自分で思うにまかせず、苛立ち、もがき苦しむ時期がやってくる。しばらくお茶の世界から遠のくなんてこともあった。

「守」「破」とくれば最後は「離」だ。文字通り師匠から「離れる」ことを意味する。映画の終盤、典子は武田先生から、そろそろ人に教えたらどうかしら、と提案される。つまり新たに教室を開くとか弟子を取るとかそういうことを勧められたわけだ。

まず「形から入りなさい」と言われ、「そろそろ工夫しなさい」と言われ、「人に教えたらどうかしら」と言われる。つまりこのたった3つ台詞で、武田先生と典子の師弟関係における「守破離」のステージを見事に表現していた。

あと気になったことを補足すると、フェデリコ・フェリーニの『道』(という映画)の引用も面白かった。そもそも10歳の頃に両親に連れられてフェリーニの『道』を見たという典子のモノローグからこの映画ははじまるのです。10歳に『道』はさすがに退屈だっただろう。

『道』は僕も大好きな映画で語りはじめると長くなりそうなので割愛するが、典子はその後20代、30代とこの映画を見返し、見返すたびに『道』は積み重ねた歳の分だけ、経験した人生の分だけ違った見え方があったと言うのだった。僕もこれすごくよくわかるなあ。

そのものの良さに人はすぐには気づかなくても、年月や辛酸の数、その人の成長の度合いによってもまったく違うものに見えてくるものが世の中には確かにある、と思う。茶道というのはまさにそういうものだといつしか典子は気づくのだった。

映画のタイトルにもなった「日日是好日」という言葉をただ額面通りに解釈すれば、毎日が良い日、ということになるが、晴れの日もあり雨の日もありも雪の日も風の日もあり、それぞれ違った味わいがあって、それらをあるがままに感じ、受け入れることで人生はより豊かになってくるのだというふうな意味なのだそうです。

そういうテーマを日本の四季になぞらえ、さらには四季を二十四節気と呼ばれる細かい区分に分けることで異なる顔を見せる自然の風景を丹念に描写することによって、僕ら観客にもわかりやすく描いているのがよかった。

「私、最近思うんですよ。こうして毎年、同じことができることが幸せなんだって」という武田先生のセリフは、典子のみならず誰の胸にも深く染み入る言葉であるに違いない。

最後にひとつ惜しいなあと思ったことを書いておく。映画のほとんどがお茶の世界のこと、茶室での話で占められていたなかで、典子の失恋話やお父さん(鶴見辰吾さん)との永遠の別れ、雪野が語る武田先生のお師匠さんと武田先生とのエピソードなどが、やや作り事めいて感じられた。

「一期一会」の例えばなしとして、なんかとってつけて挿入されたエピソードのように僕には思えた。SFやCG中心の映画のなかで、よく人間のドラマ部分が弱いとか希薄だと言われ、居心地悪そうにしているアレととても似通ったふうな印象だった。

原作があることなのでむろんやむを得ないのたろうが、知らないことばかりのお茶の世界を見せてもらうだけで十分面白かったかなあという恨みは残る。それでも楽しかったし、プラネタリウムのことなどいつのまにかすっかり気にならなくなっていた。

主演の黒木華さん、すごくよかったですね。着物姿がとくによく似合っていたと思う。そしてまさに「日日是好日」とばかりに樹木希林さんが縁側で、お茶ではなくコーヒーをドリップしているラストシーンが僕は逆に心に残った。 

日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)

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道 Blu-ray

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