ヒロシコ

 されど低糖質な日日

映画『カメラを止めるな!』これほどの多幸感に包まれた映画を見たのはいつ以来だろう

『カメラを止めるな!』これほどの多幸感に包まれた映画を見たのはいつ以来だろう。それを思い出そうとするより先に、僕はいっしょにこの映画を見に行った大学生の下の子に話しかけずにはいられなかった。

向こうも同じ気持ちだったらしく、どこかへ場所を移すのももどかしい僕らふたりは、劇場を後にする道すがら、たったいま見てきたばかりの映画について時間が経つのも忘れ夢中で話し合った。話しても話しても話しが尽きることはなかった。話し疲れることもなかった。『カメラを止めるな!』とはそんな映画だ。

ともかくいま全力で言えることは、誰かと無性に話したくてたまらなくなる映画である、ということ。あーでもないこーでもないと話し合いたくなる。なのでできれば恋人がいる人は恋人と、家族と暮らしている人は家人の誰かを誘い、あるいは仲の良い友人や同僚と連れ立って、この映画は見に行くことを僕は強く勧める。

もし誰も誘う人がいなかったり、どうしても映画はひとりで見たい派の人には無理強いしない。その場合は劇場が明るくなってから、偶然隣の席に座った人を捉まえて、勇気を出して話しかけてみるのもいいかもしれない(あくまでも自己責任で)。けっして冗談じゃなく、そんな気分にさせられる映画なのだ。

もっとも僕にはそんなこと他人に勧める義理も、勧めたところでいっさい得るものもないんだけどね。でもまあ騙されたと思っていますぐ映画館へGOだ。せめて僕が感じた多幸感を、いまはひとりでも多くの人と共有できたらいいなあと思う。

そもそもこの映画について現時点で言えることは実はそれほど多くないのだ。理由は、なにかしら感想らしいことでも書こうとすれば、たとえどんなふうに書いたとしてもたちまちそれがネタバレになってしまうおそれがあるからだ。「ラストには大どんでん返しがあります!」という記事を目にしただけで、これから映画を見る人はラスト近くになるといつどんでん返しがあるかと身構えてしまうように。

もっともネタバレの線引きをどこで引くのかというのは案外難しい問題ですよね。

というわけで、ここではとりあえず予告編で見られる範囲のことや、公式サイトに出ているていどの情報ならokということにして(それだってかなりの情報量)、このあと少しだけ映画のネタバレになる情報にも触れながら書いていこうと思う。なのでそれを潔しとしない人はこの先は読まない方がいいです。

では、まずは僕が劇場で撮ったポスターの写真から。

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写真はあいかわらずの酷い腕前だが、問題は写真ではなくこのポスターの方。血まみれの男がカメラを構え、一方で血まみれの女が斧を構え、なにかに憑りつかれたような男たちが彼女にいっせいに襲いかかろうとしている。

全体的に古色蒼然とした感じの絵柄と、なによりタイトルがこういっちゃあアレだけどいかにもダサい。ところが、いまとなってはぜんぶが狙った意図どおりのポスターなんだというのがわかる。「最後まで席を立つな。この映画は二度はじまる」なんてそうとう重要なネタが、堂々と、ちっとも悪びれずにプリントされてるのな。可笑しい。

You Tubeで見られる予告編はそれをさらに上回るネタバレ具合だった。どうしようか迷ったけどここには貼らないでおく。もし予告編の映像を本編より先に見る場合は、それなりに失うものも大きいと相応の覚悟をして見るように。公式サイトで読めるあらすじを以下、引用する。

とある自主映画の撮影隊が山奥の廃墟でゾンビ映画を撮影していた。本物を求める監督は中々OKを出さずテイクは42テイクに達する。そんな中、撮影隊に 本物のゾンビが襲いかかる!? 大喜びで撮影を続ける監督、次々とゾンビ化していく撮影隊の面々。
”37分ワンシーン・ワンカットで描くノンストップ・ゾンビサバイバル!”……を撮ったヤツらの話。(公式サイトより) 

う~ん、まあしょうがないんだけど、ゾンビ映画の撮影隊の話だというのはさすがにもうちょっと避けては通れない情報だろうなあ。この映画のことを知った時点でだいたい「ゾンビ映画の~」というのはワンセットになってるし。僕もそうだったもの。

ただ「ゾンビ映画」というキーワードだけでもし拒否反応を起こして敬遠するとすれば、それはあまりにも勿体なさすぎ、というのは忘れずに言っておきたい。何が、とは言えませんがそっち方面はたぶん大丈夫です。でも血がダメという人は、残念ながらさすがにダメかもしれません。

あと公式サイト等で知り得る周辺情報を、棒読みできるように箇条書きで書くと。

  • この映画がENBUゼミナールという監督&俳優養成スクールの《シネマプロジェクト》第7弾作品だということ。
  • はじまりは都内2館だけで公開された低予算の(300万円)いわゆるインディーズ映画だった。
  • それがSNSなどの口コミ力を介し、またたく間に150館を超える全国規模となりいまなお拡大の一途をたどっていること。
  • 監督・脚本の上田慎一郎さんはこれがはじめての劇場長編作品。
  • 出演している役者さんたちも失礼ながら現時点では(というのはこれを機におそらく有名になるだろうから)ほとんどがオーディションで選ばれた無名の人たちだということ。
  • 数カ月のリハーサルを経るなかで、脚本は彼らに当て書きで執筆されたということ。
  • 冒頭に37分間にも及ぶワンカットのシーンがあること。


このていどのことでも少なからずネタバレになるおそれがあるので、内心忸怩たる思いをしている。ということを踏まえて以下、感想に代わるようなことを慎重に、ぼかしながら、小出しにして書いてみたい。

まずそうとう用意周到に考え抜かれた見事な脚本と、先ほどの無名の役者さんたちの迫真の、といっていい体を張った素晴らしい演技と、その上でおそらく実際現場で起こったハプニングとかちょっとしたトラブル(なにしろ37分間ワンシーンワンカットなのだ)も積極的に取り込んだ撮影なり脚本の変更を想像して、驚愕するやら興奮するやら笑っちゃうやら感動するやらの連続だった。

劇中「安い、早い、質はそこそこ」と、どこかの牛丼屋の宣伝文句のような(監督役の俳優さんの)台詞がある。それを本編に当てはめてみると「安い」はそのとおり、「早い」についてはどうなのかわからないが、でも質はそこそこという部分だけはとんでもない、そこそこどころかとびっきり上質な映画であるのは間違いない。

あと、いわゆるしょぼくれたお父さんが、娘からも尊敬されていないお父さんで、そのお父さんがあることをきっかけにかっこいいお父さんに変身する、という話でもあった。ベタだけどこのての話はやはりぐっとくる。

映画の撮影だからみんなでひとつの映画を作る話だ。でも映画にかぎらず何かをがんばって作る過程の楽しさ(もちろん苦労もある)がストレートに伝わってきてそこもすごくよかった。モノを作るだけでなく、仕事でもなんでも一所懸命やってる人はときとしてその所作やその人の存在そのものが滑稽に見えたりぶざまに見えたりすることがある。

そういう様子を傍から見て僕らは思わず笑っちゃう。その心理の裏側には、そこまで何かに打ち込める人への嫉妬心や、打ち込めるものを持っていることが羨ましいという感情があるのだ。それを振り払うように、あるいは他人に見破られないように、僕らは笑う。笑いながら、自分でも気づかないうちに涙がこぼれている。

滑稽でぶざまな登場人物たち全員に、心の底から拍手を送りたい気持ちになった。映画のなかの登場人物に対する拍手なのか、役を演じた役者さんたちへの拍手なのか、最後にはもう判別できないほどだったけど、そんなことすらどうでもいいことになった。彼らひとりひとりにもれなく見せ場が用意されていたのもよかった。監督のやさしさを感じた。

この映画をそれこそ死ぬような思いで撮ったであろう撮影スタッフのみなさんがいるっていうメタ構造を、エンドクレジットを見ながら感じてそこでもまた胸がいっぱいになった。

劇中たびたび出てくる「ポン!」とか「よろしくでーす」とか「安い、早い、質はそこそこ」とか、映画を見てない人にはなんのことかさっぱりだろうけど、それ絶対流行るだろうという台詞(ポン!は台詞ともいえない)があるのもいい映画の証だと思う。

まあとにもかくにもすべてが面白かった。ドキドキして、笑って、泣いて、最後にはとってもしあわせな温かい気持ちになった。僕が生まれてから見てきた映画、というか過去と現在と未来に存在する映画という映画がぜんぶ、程度の違いこそあれこんなふうにして作られたんだなあと想像したら、つまらない映画なんてひとつもないじゃないかと思えてきた。