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『新感染ファイナル・エクスプレス』ネタバレ感想~ゾンビと遷ろうメタファー

ヨン・サンホ監督の『新感染ファイナル・エクスプレス』を見た。素晴らしい! 面白い! 大傑作といってもいいんじゃないかなあ。とんでもなく怖いしなぜか笑えるし随所で泣かされる。まさに五感を刺激されまくりのハイスピードムービーだった。感嘆すべきB級映画というほかない。

以下完全ネタバレで感想書くのでこれから見ようと思っている人はこの先読まないほうが絶対いいです(自己責任でお願いします)。

「新感染」という邦題はなんらかの病原体に感染するの感染に日本の新幹線をかけているのだろう。そのことの巧拙についてはあえて言及を避けるがつまり新幹線のように超高速で走る列車内において感染症が蔓延していきそのままなすすべもなくおよそ2時間あまり列車は走り続けるという話なのです。第一逃げ場がない。厳密にいうと一度だけ途中駅に停まるんだけどそれすらかえって地獄だったというね。なにしろただの感染症じゃない。ひとたび感染したらその人間はひとり苦しみながら息絶えていくというわけじゃないのだ。ではどうなるか。感染した人間はみなゾンビになっちゃうんだよ。ゾンビは次々と別の人間を襲いゾンビに噛みつかれると噛みつかれた人間もまたゾンビになっちゃう。そうやって密閉された空間のなかでどんどんどんどんゾンビは増殖していく。想像するだけでそうとう凄惨な現場になるでしょ。もう終始圧倒されっぱなしだった。さっき一度途中駅に停まると書いたけど結果論からいうとその停車駅もすでにゾンビに完全に制圧されたあとだった。せっかく密閉空間から命からがら外に逃げ出したのにまたぞろ脱出したばかりの元の密閉空間に積極的に戻らなければならない運命って。より地獄なのはどっちだ(?)って。こんな悪魔の所業みたいな話よく考えたものだ。


「新感染 ファイナル・エクスプレス」予告編

映画の原題は「釜山行き」。主人公のソグ(ユン・ユ)はファンドマネージャーで奥さんとは別居中だ。母親とひとり娘のスアン(キム・スアン)と3人で暮らしているが仕事が忙しくてスアンの世話はほとんど母親に任せっきりになっている。明日はスアンの誕生日という日。プレゼントは何が欲しいかとソグが尋ねると釜山(プサン)にいるママに会いに行きたいとスアンは答えるのだった。それでまあひと悶着あったものの結局翌朝いちばんのソウル発釜山行き高速列車にソグとスアン親子は乗り込む。それが例のゾンビ列車だった。1人目の感染者らしき女性が列車が走りはじめる直前飛び乗ってくる。あとはもうあれよあれよというまに感染が蔓延していく。この問答無用な展開が小気味いいっちゃあいいよね。元々の病原体がどうやって発症したのか。どうやって拡大していったのか。なんで感染者が列車に飛び乗ってきたのか。そういう説明はほとんどない。まったくないわけじゃなく最初にバイオテクノロジーの会社でなんちゃらかんちゃらと説明されるけどそれだけじゃ正直よくわからない。でもまあそいう七面倒くさい視点はここではひとまず置いといてとにかくゾンビを見せましょうゾンビみたいでしょという姿勢が潔くって僕は好きだなあ。ひとつ書いておくと映画の冒頭で病原体に感染した鹿が車に轢かれてっきり死んだと思いきや突然すっくと立ち上るゾンビ鹿の誕生シーンあれよかったよねえ。生まれたばかりの赤ちゃん鹿がはじめて立ち上るみたいでさ。まさにリボーンって感じでさ。目が白目ですでにゾンビだった。ゾクゾクっとした。それからスアンの誕生日早朝。ソウルの街の高層マンションの火事とかソウル駅に急ぐソグ親子の車が危うく交通事故に巻き込まれそうになるくだりとか。これから起こるであろう不穏な事件の予兆としてお約束のシーンを手際よく見せる。ついでにその前夜。ソグがスアンに買ってきた誕生日プレゼントがまさかの2台目のWiiというのも笑っちゃった。あれも後付けで考えるとバイオハザードなんかも連想できるっちゃあできるよね。さすがにそこまでは考えすぎだと思うけど。あとスアンの学芸会の様子を撮影したビデオのなかのスアンの歌。途中で歌えなくなるやつ。あれも父と娘の心のすれ違いを描いた単なるエピソードのひとつかと思っていたら最大級の伏線だったということがのちのち判明する。まったく油断ならない。などというプロローグのあとは限りなくノンストップでゾンビ列車が走る走る。列車内というのは前述したとおり閉鎖された空間でありながら幾つかの車両が連結して走ってるわけでその特殊性を最大限利用したアイデアが至る所に詰め込まれていた。透明なガラスドア一枚で仕切られたいくつかの密閉空間。鍵のかかる個室トイレ。今回のゾンビには明確な弱点がありそれはほとんど視覚が効かないという点。やつらは音を頼りに獲物を追い求めるのだ。しかも知能レベルが著しく低いのも弱点でドアノブをこじ開けたりができない。密閉空間を逆にうまく利用すればゾンビの方を密室に閉じ込めておけるということになる。なんだけどまあことはそう単純に上手くいかないからハラハラドキドキも生まれるのだ。なにしろあいつらときたら乗客や乗員を次々と餌食にして増殖し続けた結果その数が半端なくなっている。しかも今回のゾンビはゆっくり歩かない!走る!その疾走感たるや半端ない。疾走するゾンビの大群が大挙押し寄せてきて狭い場所でぎゅうぎゅう詰めになるシーン。本来はものすごく怖いシーンのはずなんだけどなぜか僕笑っちゃった。映画館の暗闇の中でひとり笑いを噛み殺すのに必死だった。でもあれ監督はきっと笑いを意識してるはず。ゾンビの造形といい走るゾンビといい過剰なまでの大群といい絶対笑いは意識しているはずです。ああそうだ。さっきからゾンビゾンビって無意識に書きまくっていてネタバレ感想だって最初に明示してるからいいとしてもゾンビが出てくること自体この映画最大のネタバレなのかなあといまふっと思いました。

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さてこの増殖するゾンビたちを見ながら僕は登場人物のなかで(乗客や教務員のなかで)最後に生き残るのはつまりゾンビにならないのは誰だろうずっと考え続けていたのだ。予想が当たるか外れるかそれも映画を見ているあいだすごく楽しみだった。僕的には希薄な根拠ながらたぶんこの3人だろうなあという人たちがいた。まずひとりはスアン。ママに会いたいからひとりでも釜山に行くと泣いていた可哀想な女の子。この娘は正義感が強くてやさしい女の子なんだよね。正直いうと最初見たときはあまり可愛い子だとは思わなかったんだけど時間がたつにつれ情が移ってきたのかどんどん可愛いらしが増してきた。もうひとりは妊婦のソギョン(チョン・ユミ)。彼女はゾンビに制圧されたあとの世界で生きるであろう新しい生命を宿していたから。人類の希望の星を宿しているかもしれないから。だからソギョンは生き残ると。きれいだしね。関係ないか。そして最後のひとりはホームレスの男。彼についてはいまでも正直よくわからないところがある。はじめの方で「みんな死ぬんだみんな……」というようなことをつぶやいていたから僕は彼はある意味預言者みたいな存在なのかなあと思って見ていたんですね。西洋のイエス・キリスト的なね神様という言い方をしてもいい。いっとき人間の姿を借りて現世に降りてきた神様。このホームレスの男とどう接するかによって人間の真価が決まるというある種踏み絵のような存在なのかなあと。なのでこのホームレスの男はゾンビにならずでも最後気付いたときにはどこかへふっと消えているかもしれないだろうと僕は予想したのだ。ホームレスの男については実はもうひとつべつの考えがあってそれは男がゾンビのメタファーであるという考えだ。風貌はどことなくゾンビに似ていなくもない。ホームレスもゾンビ(感染者)も人々から疎まれ煙たがられる存在である点はいっしょ。ただそうなるとメタファーとその実存というか実体というか暗喩された元というか専門用語でいえば主意とがおなじ空間に具体的な物体として同居しているということになってそれはそれで面白いかなあとも思う。まあよくわからない。さて正解は――ふふふ――そうきたか(ここ秘密ね)。主役のソグは利己主義者で自分(と娘のスアン)が生き残るためには平気で他人を見捨てようとする人間だった。なのでたとえ途中からその過ちに気づき心を入れ替えてもどこかでそれまでの酷い行いの責任は取らなければならない。罪は償われなければならないんだろうなあと思うよね。ソギョンの夫サンファ(マ・ドンソク)はソギョンのお腹の子の製作者だ(と自分で言った)。格闘家の角田信朗さんみたいな強面の男だけど彼もスアン同様正義感がめっちゃ強く根はすごく優しい男。頼りなること乗客中ピカイチ。だけど彼は自らが楯となってゾンビたちの進撃を食い止め最後は弁慶のように仁王立ちでゾンビの餌食となるのだった。←ここ泣きのポイントね。バス会社の重役ヨンソク(キム・ウィソン)はクズみたいな大人の象徴というか代弁者として感染列車に居合わせた存在だった。ソグ以上のクズで(ダジャレじゃないよ)自分が生き残るためならなんだってする男。その姿勢も徹底していて臆するところなしだ。クズ中のクズ。キング・オブ・クズ。その彼が生き残るのはすべての観客にとって本意ではないでしょうしね。100パーありえない。まあこの監督の温かいところはそんなクズ人間にも五分の魂というか彼にも彼なりのなんとしてでも生きて還りたい理由があったのだと描くところだ。人間ってホント哀しい生き物だなあ。というか結局ゾンビよりなにより人間の醜い心がいちばん怖いんだよというこのての映画の常道といえば常道をきっちり押さえていたということですね。もっともいざ同じ状況に置かれたら僕自身だってヨンソクみたいな行動をとらないという確信はないもの。あとカップルのヨングクとジニをはじめとする高校生グループの存在って韓国の修学旅行生を乗せた船が沈没したあの事件のことを彷彿とさせる。たぶんそれも意識した設定だったかも。ゾンビが現れる前は男子高校生の方が仲間たちの手前もあって言い寄ってくる女子高生にあっち行けよと素っ気ない態度をとっていたのに最後はピタリと寄り添うようにふたりしてゾンビになっていった。←ここも泣きのポイント。僕の号泣ポイントはもう一ヶ所あった。それは映画を見た方には言うまでもないシーンですがいくらネタバレokといえどもさすがにそこは控えておく。――以上だらだらと書いてきました。最後になりますがこの韓国映画に出てくるゾンビって誰が考えても北朝鮮軍のメタファーであることは間違いないだろう。映画の途中で列車外の情報も逐次もたらされるがそれによるとソウルはすでに陥落したらしいのだ。列車が一路目指す終着点は韓国最南端の都市・釜山である。釜山は港町。そこから先は船で国外に脱出できる。幸いなことにその釜山は軍隊が完全に掌握しているという。その情報が確かならあるいは――。国を揺るがすこれだけの大事件でありながら大統領不在なところなどこれも何かの事件のメタファーであったのかあと勘繰ってしまった。それから詳しくは書かないけれどラストシーン僕は『あまちゃん』を思い出した。ヨン・サンホ監督は日本のアニメの大ファンだと公言しているくらいだからひょっとして『あまちゃん』見たかもしれないですね。本当にそうだったら面白いのになあ。 

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