ヒロシコ

 されど低糖質な日日

『糖質制限の真実』を読んで

栄養学の10年前の常識が今の非常識である

こういう本を読んで僕が真っ先に思い浮かべることは、本の内容云々はともかく、栄養学に限らずどんな世界・学問にでも間違った常識が世間一般にあまねく伝播し、それをまた金科玉条のごとく崇める専門家によって実に多くの人々が長いあいだ苦しめられてきた、という歴史の怖ろしさについてだ。

例えば、僕が子どもの頃は運動中に水を飲むことが固く禁じられてきた。あるいは足腰の鍛錬に「うさぎ跳び」というトレーニングが積極的に取り入れられていた。ところがどうだ。今では積極的な水分補給が当たり前となり、「うさぎ跳び運動」は逆に身体にとって医学的に有害であるとして禁止されている。

同じようなことは栄養学、ことに糖尿病やメタボ対策、あるいはダイエットの世界にも実際起こっているいるのだ。これまではどんなお医者さんにかかろうとも、カロリー制限(コントロール)がもっとも有効とされ、とにかく脂質を減らすことが最優先課題として指導され続けてきた。けれど今はそれらはむしろ非常識であると、著者の山田悟先生は喝破する。そしてそれこそが「糖質制限の真実」つまり栄養学の真実なのであると論ずる。

同時に、現実にはまだまだそういう真実から目を背けた、あるいは勉強不足な医者がいるのも事実だと嘆いてみせるのだ。本書は昨年、あの大村智先生がノーベル生理学・医学賞を受賞したことで一躍名を馳せた北里研究所病院の、しかも現役の糖尿病センター長である著者が書き下ろしたものだからこそいっそう価値があるのだと思う。結論から先に書くと、僕はこの本を読んで大いに励まされ勇気づけられました。 

糖質制限の真実 日本人を救う革命的食事法ロカボのすべて (幻冬舎新書)

糖質制限の真実 日本人を救う革命的食事法ロカボのすべて (幻冬舎新書)

 

 

『糖質制限の真実』は6章からなる構成である

本書は大きく6章から成り立つ。第1章では、糖尿病や血糖異常・メタボリックシンドロームなどのメカニズムについてわかり易く解説している。第2章では、この10年間で栄養学の常識とされてきた考え方が、まさに黒が白になるほど劇的に変化を遂げたことを具体例を挙げながら説明している。たとえば、植物姓・動物性に限らずバターやオリーブオイルなど、とにかく油を積極的に摂り入れた方がむしろ健康にいいという話などが、医学的なエビデンス(根拠)を用いて説明されている。

つづく第3章は、いよいよカロリー制限に対して堂々と反旗を翻した部分だ。いわく、カロリー制限はもし長く継続することができたなら確かにダイエットには効果があるかもしれないが、それ以外には医学的になんの意味もない、とまで言い切っているのだ。 むしろ骨密度を減らすなどの弊害すらあるらしい。この章でも具体的な糖質制限とカロリー制限とのたくさんの実証例を比較しながら、山田先生はカロリー制限食との対決姿勢をより鮮明にする。

実に小気味よくまさに本書の白眉であるといえる章だが、一方で現役の糖尿病センター長としてこの先ほんとうに大丈夫かな? という余計な心配までもが頭をよぎる。まあでも、それだけの覚悟と確証があるということなのだろう。そして4章5章では、ローカーボな食事とはどんなものかという紹介があり、その実践方法などを提言・指導する部分だ。ここで僕が特に目を惹いたのが、人工甘味料の安全性について(というか危険だとする根拠がない)の項目で、少なくとも現役のお医者さんで人工甘味料が安全だ、むしろ積極的に摂り入れようと啓蒙する人をはじめてみた気がしました。

人工甘味料はガンになりやすいなどの噂(うわさと切って捨てる)レベルの話のいかがわしさについて、人工甘味料と砂糖をまったく同じ条件下で比べた場合むしろ砂糖の方がその危険度は高いことなどを、実例をあげて指摘していて非常に面白い。わかり易い例で、一日に摂取していいとされる人工甘味料の上限でいえば、人工甘味料を含む缶ジュース15本~25本が安全圏だということになるから、これはほぼ安全であると言い切って問題ない、などなど。確かにそんな量の缶ジュースを飲む人はめったにいないのだからね。

あと第6章はこれまでの読者や患者さんから寄せられた代表的な疑問に答えるというスタイルです。まあ全体をとおしてそんな中で、「白いごはんを食べるならチャーハンの方がいい」とか、「玄米食は意味がない」とか、食べる順番にしてもどうせなら「糖質を最後に食べよう」とか、「正しい栄養バランスなど存在しない」とか、著者独特の皮肉の効いた刺激的な言い回しがたびたび登場して読むのを飽きさせない。このへんは興味があれば実際に本書を手に取って、どうぞご自分で確認してください。あまり書くとネタバレになってしまうので。

 

糖質を制限するというよりいかに上手に糖質を摂り入れるか

最終的には著者が提唱する一食当たりの糖質量を20~40g、間食も含めて一日の糖質量の上限を70~130gくらいに抑えようという比較的緩やかな糖質制限理論が、医学的な根拠を含めて展開されるわけだ。そのことによって、健康面でも、なによりカロリー制限食や極力糖質を遠ざけるストイックな糖質制限よりも、食事の幅がぐんと広がり楽しく長く糖質制限(ローカーボ・ロカボ)が続けられる、と山田先生は結んでいる。

いかに糖質を制限するかではなく、いかに糖質を上手に摂り入れるかがロカボの定義だとしている点が、これまでの糖質制限を推奨する本と比べても発想の転換としてあらためて目を啓かされる。確かに、これまで4年間どちらかといえば厳しめのストイックな糖質制限を続けてきた僕からみても、決して机上の空論や非現実的な処方に終わるのではなく、現実的ですぐにでも実現可能な、なにより無理なく長く続けられそうな理論であるような気がする。

少しこの考え方に沿って、僕も食事面をもう一度見直してみようと思っているところだ。ただし、くれぐれもこの方法が絶対なのだと山田先生も書いてないし、僕もその人の健康や生活スタイルにあった食事を心がけることが大事であると思うのにいささかの疑念もない。そのことは、最後に忘れずに付け加えておきたいことです。