ヒロシコ

 されど低糖質な日日

湯本香樹実さんの短編集『夜の木の下で』を読んだ感想

湯本香樹実さんの『夜の木の下で』を読んだ。短編集。短編集自体は僕はあまり得意でないが、どれも不思議な話や幻想的な話でわりと好きな世界だった。なかでもよかったのをいくつか。

「緑の洞窟」は、幼いころ双子の病弱な弟を亡くした兄の悲しみが、庭に重なり合って洞窟のようになっているアオキの根本の秘密基地に、いまもなお封じ込められている気がした。

「焼却炉」は、女子校時代トイレ掃除で段ボール箱に詰めた生理用品を焼却炉まで捨てに行く役を買って出たことから親友になったふたりが、大人になって同級生の葬式で再会する。焼却炉の中で燃える生理用品は、少女時代の自分たちが死んでいくというほどのメタファーだったんだろうなあと思った。

「マジック・フルート」は、両親と別れ祖父の元でひとり暮らす少年が、習っていたピアノの先生の家に同居する、先生とは正反対でどこか儚げな先生のお姉さんに初恋にも似た感情を抱く話。彼女と出会って以来、少年の身に起こるさまざまな不思議な体験談が実に面白い。

表題作の「夜の木の下で」は、事故に遭って生死の境を彷徨っている弟を想う姉の気持ちと、そんな姉に感謝の気持ちを伝えたい弟の存念がファンタジーを交えて交錯する展開がすごくせつなかった。

どの作品の登場人物たちも、過去の思い出を振り返ることで、いまの生を確認しながら生きている。別れたきり事情があって会えない人、死んでもう二度と会えない人、幽霊でもいいからもう一度会いたいと願う人がいて、私たちはいまを生きているのだという自覚が彼ら彼女らにはある。

なぜなら彼らは過去と現在を繋ぐトンネルをそれぞれに持っているからだ。

アオキの木の根元の秘密基地のような洞窟。女子高のいまは撤去されてない焼却炉。子どものころ自転車を駆って行けるところまで行こうと決めて辿りついた小さな橋。夜の公園の大きなクスノキの下。

そういう目に見えないトンネルで繋がって過去の人と会話ができたり再会できるという世界観が僕にはなんとなく理解できる気がするし、読んでいてとても穏やかな気持ちになれた。 

夜の木の下で (新潮文庫)

夜の木の下で (新潮文庫)