ヒロシコ

 されど低糖質な日日

映画『薄氷の殺人』ネタバレあり感想

『薄氷の殺人』を見に行く。中国・台湾の合作映画。ふと思たのは昔は合作なんていうとそれだけで十分な宣伝効果があったような気がするけど、いまではふつうになんにも珍しくなくなったね。グローバリゼーションだ。ま、そんなのはいいとして、これいわゆるすごく雰囲気のある映画だった。

明らかにノワール然として、出てくる人たちがみんないったい何が楽しくって生きてるんだろうという感じの不機嫌な陰々鬱々とした人たちばかり。夏はうだるような暑さ、冬は雪に閉ざされて吐く息も凍りそう。そんな中国北部の寂れた地方の町が舞台だ。

整備の行き届いてない屋外スケート場とか怪しげなダンスホールとか安普請の定食屋とか電飾のネオンに彩られた映画館とか下を貨物列車が通る高架橋とか。いかにも映画を見てるなあという気にさせてくれる装置もそろっている。

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1999年。猟奇的なバラバラ殺人事件を捜査中のジャン刑事(リャオ・ファン)。奥さんんに離婚を突きつけられたばかりのやさぐれた中年男だ。ジャンは捜査の過程で追いつめた容疑者をふたり、ちょっとした油断から射殺してしまうことになり自らも傷を負う。結局事件は未解決に終わる。

2004年。刑事を辞めいまは民間工場の警備員として雇われているジャンの耳に、またあのときと同じような手口の連続殺人事件が発生しているという話が聞こえてくる。彼はかつての同僚刑事の目を盗んで事件の調査を開始する。

退院したジャンを乗せた車が長いトンネルを抜けるとそこはもう5年後の世界で、季節も夏から雪が降り積もる冬へと変化している。しかもトンネルに入る前はジャン刑事の視点だったのが、出てきたときはバイクに乗った見知らない男の視点に移っていて、カメラは酩酊状態のままトンネルの出口でうずくまるジャンの姿を捉える、という鮮やかな場面転換だ。

今度の連続事件の被害者はいずれも、町の角地に立つクリーニング屋でパート勤めする女ウー(グイ・ルンメイ)となんらかの関係があるという。そしてなんと彼女は5年前の事件の被害者の妻でもあった。

ジャンの捜査というかもはや刑事ではないので体を張った独自調査が進行する中で、正直いうと事件の(というか捜査の)成り行きがだいたい読めてしまうのがひとつと、頭のなかでうまくストーリーが繋がらない箇所が(それはいまでも)あるんだけど、そういうのは小さな問題に過ぎない。

――ここからネタバレ含みます。

見てるこっちは、ウーといういかにも薄幸そうな美人の女があやしいと当然思ってしまうわけで、案の定、ジャンもウーの魅力に徐々に取りこまれていく。このあたりがはっきりいって映画の見所ですね。蜘蛛の巣に絡め取られる哀れな一匹の蛾を黙って見てるしかないようなもどかしさ。(笑)

事件の犯人が誰で手口がどうかということよりも、ジャンがこのまま他の被害者の男たちと同じような運命を辿ってしまうのではいかという心理サスペンス的な面白さだ。中年の刑事が、奥さんに逃げられ、同僚を殺され、ついに刑事という職を失い、新しい職には馴染めず、酒に溺れ、生きる希望もなく辿りついた先がこの女ウーだったという。

グイ・ルンメイさん、さっきも書いたけど幸(サチ)薄そうで守ってやらなきゃという気にさせるタイプ。そのくせツンデレふう。ジャンじゃなくても惹かれるの無理ないと思った。あと雪や氷の白と石炭の黒のコントラストは、つまり正義と悪のコントラストのようであり、ジャンやウーが暮らすどちらもこの町の裏表の景色そのものだ。

「面白い出し物をやってるんだ」とウソをいってジャンがウーを廃れた夜の遊園地に誘い観覧車に乗るところなんて、まるで『第三の男』を見るようでゾクゾクした。一夜を共にした後、一緒に食べる朝ごはん。男は貪るように食べ、女は一口食べてすぐに「お店を開けなきゃ」と口紅を塗ってすぐティッシュを唇でくわえる仕草をする。こういう細かいリアリティがすごくよかった。

ダンス教室で狂ったように踊りまくるジャンの姿が滑稽なのに涙が出てきて困った。往年のイタリア映画を見ているみたいに中庭がある低層階の安アパートにウーを載せた車がゆっくりと入って出ていく。アパートの屋上で白昼の花火がひっきりなしに打ち上がる。どう考えてもジャンの仕業としか思えないのにカメラはとうとうその姿を映さない。多くを語らない余韻とでもいうのか。 

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