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映画『誰よりも狙われた男』感想~ありがとうフィリップ・シーモア・ホフマン

『誰よりも狙われた男』を見に行く。フィリップ・シーモア・ホフマン最後の主演作。それだけでも見る価値あり。というか絶対見たいと思わせる1本。

冷戦後の、さらには9.11後のスパイ活動というのは、もはやこういうふうに敵味方の区分けさえも曖昧なほど複雑怪奇に入り乱れているんだなあ、と納得した。安全な場所から見るぶんにはとにかく抜群に面白い。

――以下ネタバレあります。注意。完全に結末も書いてます。

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おなじ目的でも方法がちがえば対立するし、スパイのターゲットであっても利用価値があれば保護し手を結ぶ。そのために手段は選ばない。一般に悪といわれる人たちの方がいっけん礼儀正しく、平和を標榜する側が冷徹だったり非道だったりもする。

こういうのを見せられると、「正義ってなんだ?」と本気で考えこんでしまうよね。

お話は、ドイツに密入国したイスラムの青年を巡って、彼が接触しようと試みる銀行家、彼を保護しようとする人権派弁護士、テロリストに資金提供している(と思われる)大物宗教家、アメリカCIA、ドイツの諜報機関それも複数の、などなどが、それぞれの思惑と正義をかざしてくんずほぐれつする。

そんななかでフィリップ・シーモア・ホフマンの役柄というのは、ドイツの小さな諜報機関のベテランスパイ。優秀ではあるがこれまでなんども煮え湯を飲まされたこともある。日常生活はほとんど出てこないが、おそらくいまは独り者で、かたときもタバコと酒が手放せない仕事人間(に見える)。

そしていわゆる彼は清濁併せ持つタイプだ。小さなターゲットは泳がせ、その背後にある大きな黒幕を捕えようとしている。そのためであれば誘拐・監禁・恫喝も平気でやってのける。長い時間かけてひそかに根回しを進め、ターゲットの味方を裏切らせ寝返らせ、利用できるものはなんでも利用する。それが彼の流儀でありおそらく正義なのだ。

だけどそうではないべつのやり方を考える人たちもいるわけで、たとえばアメリカのCIAドイツ支部の女性スパイなどは「世界平和のため」とうそぶいて、小さなテロの芽さえも見逃さず早いうちに潰そうと躍起になっている。当然両者は対立するので、その話し合いの場が持たれているなんて可笑しかった。

派手なカーチェイスや銃撃戦はないし、007のようなお色気も目新しいスパイの小道具もなく、目を背けたくなるような残虐な拷問シーンもなく、しずかにしずかに淡々と事態は推移していく。いよいよホフマンチームの功が実るかと思われた最後の最後の一瞬で、すべてがパーになるというか、水の泡というか、おいしいところを根こそぎ持っていかれてしまうのだ。

そのときのホフマンの悔しがりようといったら。ハンブルクの街の一画を揺るがすような雄叫びと激しい身震いと地団太をスクリーンに見せられて、僕はいいようのない衝撃を受けてしまった。フィリップ・シーモア・ホフマンさんのこれが遺作だと知って見たせいか、あの叫び声が「もっと生きたい!」という彼の魂の叫びそのもののように聴こえてしまった。

そうしてすべてを悟って悔しさも怒りも悲しみもありとあらゆる感情を押し込め、再び冷静さを取り戻し、「まあこういうこともあるだろうな」というふうに立ち去っていくホフマンの後ろ姿に、人間のやさしさと孤独と哀切を垣間見たような気がして、いつのまにかハラリと涙がこぼれていたのだ。

ありがとう、フィリップ・シーモア・ホフマンさん。素晴らしい遺作でした。 

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