ヒロシコ

 されど低糖質な日日

珍しいチリの映画『NO(ノー)』感想

めずらしいチリの映画『NO』を見に行く。驚いたことに、すっげえ画像が荒い。なんだこれ、「事故?」と思うレベル。あとでわかったのは、もちろん事故なんかじゃなくわざと古いカメラを使って、当時(1970~80年代)の本物のニュース映像と違和感なく融合するようにしたのだとか。手が込んでる。

事実に基づいた話なんだし、ネタバレというか既に歴史の結果が出ているとはいえ、それでもことの成り行きには興奮せずにはいられなかった。チリのピノチェト軍事独裁政権の是非を問う国民投票が実施されることになり、ピノチェト支持派は「YES」を、反対派は「NO」の、1日15分のTVコマーシャルによるキャンペーン合戦が行われることになった。というストーリーです。

f:id:roshi02:20181207193659j:plain

たまたま「NO」陣営の参謀と知り合いだという理由で、ふだん電子レンジなんかのCMを作っていた宣伝マンが雇われる。その彼がね、どうせやるんだったら本気で勝てるCM作ろうよといいはじめる。おれはプロだと。そのために雇われたんだと。

正直、最初はインチキ臭いやつだなあと思って見ていたら、だんだん彼の本気度にこっちも居ずまいを正さざるをえなくなる。それでも彼は怒鳴ったり叫んだりせず、目の前の仕事を淡々とこなしていくふうだ。僕としては少しジレッタク感じることもあった。

彼の主張は非常にわかりやすい。真面目なコマーシャルじゃつまらないでしょ、ということ。それでは人は動かないでしょ、という。徹底的に明るく、楽しげで、ユーモアがあって、というCMを作る。ダンサーを雇い、イメージソングを歌い、ときにはちょっぴりエッチな演出もあるような。それも、若者や高齢女性に、はっきりとターゲットを絞る。

すごく面白いと思ったのは、おなじ「NO」陣営内でも彼の主張に異を唱える人が出てきて、つまり「NO」に「NO」なわけだけど、そういう人たちは、彼の作るCMをコカ・コーラのコマーシャルみたいだというんですね。いや、見るとたしかにそのとおりで、笑っちゃった。

「NO」に「NO」の人たちは、軍事独裁政権下で、投獄されたり、暴力振るわれたり、虐殺されたり、信じられない数の人たちが行方不明になってるというのに、その能天気で明るいCMはなんだと憤慨する(たしかに!)。主役の宣伝マンの別居中の奥さん(バリバリの活動家)まで、そんな甘っちょろいコマーシャルは許せないと彼を突き放す。

でもまあ、なんだかんだあっても、彼のプレゼンは結局陣営に受け入れられるのだ。実際にはもっと紆余曲折あったのでしょうが、そこは映画的に必要最小限にとどめてあった。

いまこの(おそらく)平和な僕らの国で、もしコカ・コーラのコマーシャルみたいな選挙CMが流れたとしても、僕らはそれほど違和感なくそれを受け入れるだろうと思う。でも、ふだん政権に虐げられた人々には、そもそもそういうコマーシャルを作ろうという発想がふつう浮かばないだろうね。

しかも、これ大事なことだけど、家の前に夜間見知らぬ車が止まっているとか、尾行や、「子どもがどうなってもいいのか?」といってるに等しい内容の脅迫電話がかかってくる。そんな脅迫を受けてまで自分たちの「NO」を貫き通せるか。ここは大いに考えてしまうところだなあ。

あと、事実なのかどうかちょっとわからないけど、主役の上司に当たる人が、なんと途中から「YES」陣営のキャンペーンアドバイザーに雇われるんですね。それでやることは、もう絵に描いたようなパクリCMというか、パクったものを意趣返しするみたいなネガティブCMとか、反対派の暴露CMとかね、そんな嫌がらせをバンバンぶつけてくる。

で、サイコーに可笑しかったのは、キャンペーンを主導する当のふたりが、仕事中はおなじ会社の上司と部下という立場で、よそのクライアントを前に自社CMのプレゼンやって、それ以外の時間で、それぞれ「YES」「NO」両陣営に別れたキャンペーンをくりひろげてるというね。ほんとうかなあ。それともドラマ的な演出かなあ。

そういうユーモアや、別居中の(離婚したのかな?)奥さんとのせつないやりとりとかもあって、うっと胸をつかれたりも。あと僕が感心したのは、主役の宣伝マンの幼いひとり息子に、涙を誘うような感動的なセリフを喋らせたり、ふるまいをさせたりということをまったくしなかったも潔くてよかった。

ドラマの主役は、反対派運動に深くのめりこむというわけではなく、あくまでもプロの宣伝マンとして、コマーシャル作りに全精力を傾ける。そのプロ意識に徹した冷静で客観的な視線が、この映画を見る僕らの視点をも決定づけるようだった。だからまあ、政治的な熱いストーリーとして見てももちろん胸を打つし、プロフェッシャルとはなにかという目でみても面白いよね。

それで僕がずっと感じていた主役のどこか煮え切らない態度は、この人は最初から最後までどっかインチキ臭い、そういうイメージなんだけど、つまり本物のプロの宣伝マンでしかなかったということだ。そして革命とか政変とか、いずれにしても大勢の人を動かすのは、そういうプロの人たちの仕事が裏側にちゃんとあってこそだっていうことなんだなあと思った。

真実は、映画で描かれる以上にもっともっと深刻で恐ろしく、華々しいキャンペーンだけではない泥臭く地味な闘いだったに違いない。それを承知の上で見ても、なお感動的で見応えのあるエンターテイメントに仕上がっていると思いました。 

NO (ノー) [DVD]

NO (ノー) [DVD]