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スティーヴン・キング『11/22/63』感想~アンヌ隊員と恋に落ちたウルトラセブンの・ような話

11/22/63(上) (文春文庫)

11/22/63(上) (文春文庫)

 

スティーヴン・キングさんの『11/22/63』(上・下)を読み終わる。上巻はいつもどおりゆっくりめに読んで、下巻は僕にしたらわりと一気呵成に読んだ。そうして俄かに鳥肌が立った。小説の主人公と一緒に長い長い旅をして、ようやく元のいるべき場所へ帰って来たような、そんな心地よい疲労感、安堵感がある。やや汗ばんだ肌に涼しげな微風がくすぐったいような感じがする。

同時に、ここは本当にさっきまでいたあの場所と、寸分の狂いもない元の場所だろうかという傾いた不安感もある。「センチメンタリズムと笑うならば笑え」だ。変わったタイトルだが、1963年11月23日という意味。これでピンとくればいいが、こなくてもネットで検索すればすぐにわかることだ。

アメリカ合衆国第35代大統領ジョン・F・ケネディが暗殺された日。町のレストランの裏の薄汚れた倉庫の奥に、その「穴」はあった。「穴」はケネディ暗殺の5年前のとある場所のとある時間につながっていた。その「穴」を通じて過去へ時間旅行をして、ケネディ暗殺を阻止しようとする男のラブストーリー、というのがこの本の骨子です(超いい加減過ぎて怒られそうですが)。

時間旅行には大原則ともいえるルールがあり、何度も「穴」を潜り抜けて過去と現在を行き来できるが、過去へ行く先は必ずいつも同じ場所の同じ時間だということ。過去へ行って戻ってきたら必ずいつも現在の時間はわずか2分間きっかりしか経過していないこと。そしてこれがいちばん肝心で是非マーカーを引いておきたいところだが、過去から現在に戻り、また過去へ行くと、前の時間旅行の結果は(基本的に)全てリセットされている

で、さっきのいつも同じ場所の同じ時間にしか「穴」が通じていないというのは、残念なことに前にも書いた暗殺の5年前で、しかも実際に暗殺が行われたダラスとは離れた場所なのだ。つまりどういうことかというと、暗殺を阻止しようとするならば、過去において5年もの歳月を待たなければならず(生きなければならない)、実際の旅(移動)をしなければならないということになる。ここにキングさんはドラマを見出した。

目的遂行のためのモチベーションや気力、計画、調査、行動は必要だが、一旦そのことは脇に置いとくとして、5年間という時間は、過ぎてしまって振り返るとあっという間でも、そのまっただ中にいるときは途方もなく長いよー。その間、さすがに誰の目にも触れない場所でそっと身を潜めておくわけにはいかない。しかるべき住まいを見つけ、食べていくだけのお金も必要だし、車もいる。

そうなると仕事や社会的身分や信用とかも必要になるかもしれない。なにより、暮らしていくための具体的なスキルや生きがいも必要なんだよね。まだインターネットがない時代。グーグルもウィキペディアもヤフーもない時代。大らかといえば聞こえはいいけれど、差別や喫煙も大手を振ってまかり通っている時代。

あまりこれ以上内容について踏み込むのはツマラナイので、この本をこれから読もうと思っている人はこの先読まない方がいいかもいれないが、どうやら主人公の当初の主目的であったはずのケネディ暗殺阻止が、だんだん副次的な要素になっていく。その時代の人々と暮らすことが大切な目的というか楽しみになっていく。そこがめちゃくちゃ面白いと思った。

なんと上下巻1000ページを優に超える紙数の多くを、大統領暗殺阻止とは直接関係ない、アメリカの小さな片田舎の町で、主人公がいかに当時の人々の中に入って暮らしたかという生活の記録みたいな話に費やす。この部分の細やかなリアリティある描写がなにより素晴らしかった。

具体的には高校の臨時教師として働くことになるわけだが、そこで出会う人々との交流、演劇部の顧問を引き受け、チャリティ公演を成功させたり、同僚の女性と恋に落ちたり! そうしてこの女性とのラブストーリーが、あるいはこの小説のもう一つのテーマというか、むしろこっちが主題で時間旅行はあくまでもそのための手段というか設定に過ぎない感じさえする。

ここはひょっとして評価の判断が分かれるところかもしれないが、僕は全面的にこの恋愛偏重を肯定します。それにしても、人は誰かを好きになったりしなければなんと気楽に生きられるんだろうね。

さっき一旦脇に追いやった時間旅行とその本来の目的の話に戻すと、本当に過去を変えることができるのか、変えようとした結果過去における「いま」は主人公にどんなアクションを引き起こすのか、果たしていったい未来はどうなるのか? そういう点は、やはりSFミステリ―として当然ながら魅力的に書かれている。

計画遂行のため事件の何年も前から入念な下準備を怠らず、暗殺の犯人と目されるオズワルドの周辺を徹底的に監視する緻密な描写などはドキドキして目を瞠る。まるでノンフィクションのごときものだった。

それに先立ち、実際過去を変えてしまった場合、未来にどういう影響を及ぼすのか、それを別の案件で個人的に試み、その結果を確かめるためわざわざ現在に戻るという描写なども、バカバカしいけど非常に面白いと思った(せっかくの行為がリセットされるのに)。

いきなり本番というのは心許ないし、僕が主人公だとしても、それ絶対やっておきたいよなあと考えるもの。このへんの小さなこと(といっても人を殺すとか殺さないの話だけど)の積み重ねがぬかりなくすごい。

それにしても日常と非日常が不可思議な「穴」ひとつで隣り合わせになっているという、いわばさんざん使い古されたテーマなんだけどねえ。キングさんほどの人なら目を瞑ってでも書けそうなこのテーマを、だからこそよほど慎重に、決してアイデアだけで一気に書き上げたわけではないところに感動するし、あらためて「神は細部に宿る」というこれまた使い古されたことわざが真に迫るなあ。

さて、そろそろこの感想を陳腐な喩えで締めくくると、地球にやって来てアンヌ隊員と恋に落ちたウルトラセブンが、とうとう最終回で自分の正体を打ち明け、はるか宇宙の彼方M78星雲へと帰っていくときの、あの堪らないせつなさが蘇ってくるような感じです。大傑作。長い感想になりましたが、がんばって一気に書きました。

2段組み上下巻のいかにも重量感ある本は、それだけ読み応えあって、それだけ楽しめる時間もたっぷりあるという解釈が成り立つんだよ。そしてこの小説は「いま」どんな状況に置かれている人でもそれなりに自分自身に当てはめて読むことができるんじゃないかなあ。例えば、転校生でもいいし、新成人でもいいし、転職したばかりの人でもいいし、新しい恋をはじめた人でもいい。社会に不満を持っている人、毎日がつまらないなあと思ってる人、別の自分に生まれ変わりたいと思ってる人でもいい。村上春樹さんでもいい。